石川雲蝶は日本の至宝

[1] 名前:名無しさん :2011/09/02 (金) 07:34 No.14
14.jpg (106KB)
石川雲蝶







石川 雲蝶(いしかわ うんちょう、1814年(文化11年)− 1883年(明治16年)5月13日)は幕末期の彫物師。

1814年(文化11年)江戸の雑司ヶ谷で生まれた。本名は安兵衛。若くして江戸彫石川流の彫物師として名を挙げ、苗字帯刀を許された。 二十代で幕府御用勤めになり、「石川安兵衛源雲蝶」を名乗った。江戸での製作記録は確認出来ていない。 32歳の時越後国永林寺(現魚沼市)の22世円応弁成和尚の招きで越後国に入る。「良い酒と鑿を生涯与える」という言葉で承諾。 やがて当時から鑿(のみ)などの金物の町として知られた三条へ婿養子に入り、酒井姓となった。一男一女を儲ける。

越後国では、永林寺の欄間などの彫刻群や「越後日光」と言われる西福寺開山堂(現魚沼市)、秋葉神社奥の院(現長岡市)など、多くの彫刻を各地に残した。後に三条に戻り、1883年(明治16年)70歳で死去した。法名は観具院真性日安信士。墓は三条市本成寺にある。 作品は越後に千点近く残る。弟子に北村久助、川村徳治という者がいたという。

石川雲蝶には「酒好き」「興が乗らなければ鑿を握らなかった」等様々な人物像が語られているが、写真や記録等のはっきりとした資料は無い。その彫刻の多くは色鮮やかで彫りが深く、何層にも彫り重ねられた精巧さと大胆な構図が特徴であり、それらの作品からは多識で真面目な人柄がうかがえる。
[2] 名前:名無しさん :2011/09/02 (金) 07:55 No.15
15.jpg (120KB)
あまりの迫力。
あまりの美しさ。
圧倒される。
[3] 名前:名無しさん :2011/12/19 (月) 19:50 No.39
39.jpg (21KB)
すげえな、石川運長はバケモノか?
  竹島は日本の領土です。同意ならチェックを入れてください
投稿前に必ずここを読んで下さい
お名前
E-Mail
コメント
添付File
 
動画 コメントスペースにURLをコピペするだけです(YouTube,ニコ動に対応)